「努力」すれば小説家含め「天職」につけるという妄想。

お疲れさまです、こんばんは。
7月三連休中日の日曜日ですけれども、ワタクシ、10時間ほど仕事しておりました。
シモガケでございます。

今帰ってきまして、ご飯食べて、『マワタデクルム。』更新しました。

さてさて、表題の件。
「小説家になるのって運の問題だよねぇ」だとか「いやいや、努力の問題だよ」っていう話を見てて、個人的には、「運」でも「努力」でもないかなと思う。

個人的には単純に「才能」だと思う。

たまに、間違った方向に努力している、島田紳助が言うところの「全速力のバカ」っているじゃないですか。
ああいう努力って、ほぼ無駄だと思うの。酷だけど。

賞レースにおいては「運」はあるかな……とは思うけど。
「運」も「実力」のうち。
「才能」の一部だと思います。

小説家に限らず、なんでもですが。
「天職」って、おのずと呼ばれるものだと思うんですよねぇ。

明石家さんまと同じく、私も「努力」ってあんまり???
「努力」するっていうか……「努力」してるって思ってる時点でわりとそれって向いてないというか。
楽しく生きてるうちに自然とそうなるもののような気がする。

私も別に広告クリエーターになりたくてなったわけじゃなく。
なんか自然と生きてたらそっちに呼ばれたというのに近い。
元々漫画家になりたかったけど、16頁にまとめるのが苦手で、15秒CMとかのほうが向いてるのかなーと思いながらいたら、そうなってました。

小説家として食ってくとか。
自由業系って「才能」ないとつらいと思うんですよね。
あと「人脈」とか……起業とかになるといろんな角度でなんとかできるけど、一匹狼的な職業の場合、ちょっと難しいかと。

賞獲って終わりっていう職業ではないじゃないですか。
一発当てればデカいかもしれませんが、一生それで食ってくって、通常、継続的に売れるものを書き続けなければならず……

世の中、お金がないって本当にしんどい笑
生きてるだけでお金ってかかるわけで。
ウンコするために毎日いくら払ってるのか、計算してみればいい。

「努力」すればなんとかなるというキレイごと並べても、食ってけるわけではないと思いますぞ。
なんなら「努力」なんて当たり前というか。
「努力」を「努力」と思わない「才能」なんじゃないでしょうか。

「天職」って、マジ天から呼ばれるものだと生きてきて思う。
自然にしてれば、結局のところなるようになる。
自分にとって一番いいかたちに整っていくような気がします。

 

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