キングの話

「ともぴょーん、映画みたいじゃーん。」

誰もいないと思っていたのに。
拍子抜けに明るい声で話しかけられ、知広は目をごしごしぬぐい、真っ赤になった顔を隠すように上目使いに正面を見上げた。

「ん。彼氏とでもケンカした?」

目の前に差し出されたロンハーマンの青いタオルハンカチを、知広はマジマジと見つめた。

「涙拭きなよ。ほら。」

坂本もしゃがんで顔を覗きこむ。
シトラス系の香水の香りがする。

「目、腫れてんよ?かわいい顔してんだからさ。泣き止みなよ。」

「…ありがと。」

「よしよし。」

ハンカチを手に取り涙を拭う知広の頭を、坂本がポンポンする。

「…なんかうまいものでも食ったら気分も晴れるっしょ。」

立ち上がる坂本の隣で、知広は黙ってしばらくうつむいていた。
…と、次の瞬間、借りたハンカチで盛大に鼻をかんだ。

「…うわぁ!なんだよ!?」

「だってぇ…鼻ズルズルだったんだもんー…」

「いーけど!それ洗って返して!」

二人は連れだって最寄り駅へと歩き、近所で評判の赤提灯の居酒屋へと入った。
窓際のカウンターに並んで座る。

「なんでもジャンジャン注文しなよ!割り勘だから!!!」

「え!?奢りじゃないの?」

二人は飲んだ。
正直なところ知広の胸はまだしくしく痛かったし、いつもに比べると食も進まなかったのだが、明るい坂本の調子に知広は救われた。

善之介のいない家に帰るのが嫌だったのもある。
なにより酔いも回り、坂本といると楽しく、少なくとも寂しい気持ちにはならなかった。

気がつくと終電はとっくに終わっており、二人はそのままカラオケボックスに流れて始発の電車を待つことにした。

坂本には、善之介とのトイレでのセックスと、道端での号泣という人生の二大汚点を目撃され、もはや怖いものもなくなんでも話せるような気にもなっていた。

そんなわけで、善之介のたまに独りよがりなセックスを愚痴ったりもしたのだが、今日アイツが連れていた美少年の話はどうしてもできなかった。
口に出せば自分がその存在を認めてしまうような気がした。
浮気なのか本気なのか分からないけれども、善之介の隣の自分とは別の男の存在が恐ろしく、また、どう表現していいのか的確な言葉も見つからず、言葉にすることができないというのが正しいのかもしれない。

そんな知広の愚痴を笑いながら聞いていた坂本だったが、ふいに、
「オレならともぴょん、もれなくトロトロにとろけさせるセックスする自信あるけどな。」
と真面目な顔で囁いた。

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