テロリスト、再び

いい気分でお腹を満たした私は、鼻唄を歌いながら部屋に入り、アーネストに断りもなく我が物のようにベッドに身体を投げ出し、気持ちよく大の字になった。最高に幸せだ。

アーネストはアーネストで、ベッドを勝手に占拠している私の方は見向きもせず、上着を脱ぎ、タイを外して、シャツを着替え始めた。とはいっても寝巻きに着替えるのではなく、再び新しいシャツを身に付け始める。

「これからまた出掛けるのか?」

「ああ」

「え!?どこへ?」

「……これから『仕事』の約束がある」

ネクタイを締め直しながらアーネストが答える。
『仕事』とは例の愛人業だろうか?
私は半身起こしてアーネストに忠告した。

「今晩もアンジェリカのところなのか?……お前、アダムスの怒り狂った姿見ただろう?いつか殺されるぞ」

「……いや」

アーネストは上着を着て、酒の臭いを消すためかコロンをひとかけ振った。仄かにサンダルウッドとラベンダーの心落ち着く香りがする。

「今夜はまた別だ。ベッドで寝てていいぞ」

それだけ言い残すと、アーネストは、扉を開け、部屋を出て行った。

――また別の女って!!!

私は閉口して、ベッドにごろんと横になった。
あんなに自ら喋らない男が、男女間の色恋をどうやって『仕事』に変えているのか、不思議でならない。女のほうから寄ってくるのか、ああ見えて女性にはマメなのか……もしも女のほうから寄ってくるのならば、あんな雰囲気だけのおもしろくもない男を選ぶ女の見る目を疑う。世の中にはもっと誠実で気の利いた男もいるだろうに……。

私はひとり、広いベッドでうとうとしながら考えた。

そうだ、アーネストが誠実とは限らない。
アイツの言っていることが本当であるという保証はどこにもない。正直なところ、一緒にいても掴み所がなさすぎる。

実は今もアンジェリカのところに行っていて、寝物語にアダムス男爵の財産を奪おうと画策していないとも言えないだろう。性質《たち》の悪い女誑《おんなたら》しのやりそうな美人局《つつもたせ》である。
まずは遺産相続に邪魔なアーサーから殺したのかもしれない。アーサーは女好きだったらしいから、アンジェリカのあの、男の欲望を刺激するような魔性の魅力をもってすれば、容易に籠絡《ろうらく》できる気もする。
夜中にアンジェリカが誘い出し、倉庫で待ち構えていたアーネストがナイフで殺害。
私がいることに気づいて、先に甲板に戻っていたのかもしれない。初めに会ったときの私の勘は正しくて、やっぱりアイツが殺人犯ではないか?

……でも待てよ?
財産相続のことを考えるのであるならば、クレアが犯人であると考えるのが、一番有力かもしれない。兄なき今、アダムス男爵の財産を相続するのはクレアの結婚相手になる可能性が高い。
ただ私が船底の倉庫で遺体を発見した際に聞いた声は男性のものだった。
であれば、あの、人のよさそうな丸眼鏡のマテューがアーサーを殺害したのだろうか?
あるいは、あのクレアが、ビニスティ氏の話していた彼女の愛する男と結託して犯行に及んだのかもしれない。あの虫も殺さない純粋無垢を絵に描いたような顔をしたクレアが、男に殺人を教唆するというのは、意外な筋書きだ。マクベス夫人も吃驚《びっくり》な悪女である。
もしかすると、クレアの恋人というのはロシア人テロリストなのかもしれない。そう考えると筋書きとしてはおもしろい。結婚も許されることはないだろう……男爵家令嬢とテロリストの道ならぬ恋が殺人事件という悲劇を導くのだ……

アーサー・アダムス刺殺事件の題材にああでもないこうでもないと筋書きを考えているうちにとろとろと眠ってしまったようだ。
目を覚ますと、すでに朝を迎えており、船窓から白く澄んだ穏やかな陽光が射し込んでいた。昨日の夜着ていた服のままで酔いに任せて眠りこけていた自分のだらしなさに辟易する。枕を濡らす大きな涎《よだれ》の跡がまた間抜けだ。自分で自分が嫌になる。

怠《だる》い体をベッドに起こして部屋を見回すと、知らない間に帰って来ていたアーネストがソファに身を横にして膝を折り曲げた態勢で、なんとも窮屈そうに寝ていた。
どんな女と寝てきたのか知れないが、口許には口紅の跡がベッタリと残っており、外れたネクタイとシャツの隙間から、白い鎖骨の上につけられた、キスマークが見えた。昨日のサンダルウッドとラベンダーの混じった香りとは打って代わって、女のものだろう。フローラル系の香水の残り香が漂ってくる。

――女がそんなにいいものだろうか?

私はベッドから這い出て、昨夜の情事の痕を明白に残したままソファで丸まって眠るアーネストの横を通りすぎ、ぼんやりと窓の外を眺めた。小さくではあるが、我が祖国、プランセールの岸壁だろう濃い緑と白い崖が見えている。緑の間にポツポツと赤く見えるのは民家ではないかと思う。

――いつになったらプランセールの地をこの足で踏みしめることができるのだろう?

バドゥーを出て本来なら一晩でプランセールには到着できる距離のところ、これでもう三日間も海上に留め置かれている。
船内は広いとはいえ、視線を上げて空から見てみると大海原を漂う木の葉のような客船一隻。その中に、私たち乗船者たちは全員テロの人質として、監禁されているのだった。そしてこの船には、アーサー・アダムスを殺害した犯人が乗っているのだ。

「おい、シャワー借りていいか?」

「……ん」

身体には、この船に密航してからここ三日間の疲れがたまっているのかもしれない。船底で死体を見てからというもの、ぼんやりしていると無意識に、殺人事件について考えを巡らし続けてしまうのも嫌だ。
私は無性にさっぱりしたい気持ちになってアーネストに声を掛けた。まだ眠っているのだろう。返事と言える返事はなかったが、私はシャワールームに入った。

タイを外し、シャツを脱ぎ、私にはパツパツなアーネストのパンツを脱ぐだけで、ちょっとした解放感を感じる。単純に洋服がきつかったのかもしれない。
蛇口を捻り、お湯を頭から勢いよく被る。
汗と皮脂と酒の臭いと共に、この三日間の肉体的精神的疲労も洗い流されていく気がした。

私がシャワーから出てくると、アーネストも起きていて、入れ替わりにシャワールームに入っていった。着替えて、髭を剃り、髪を整える。身仕度を終え、二人で遅めの朝食を食べていた時のことだった。

――コンコンコン

ノックの音がした。
午前中のこの時間から誰だろう?昨日と同じく刑事だろうかと思いながら扉を開けると、ビニスティ氏の執事ポールが立っていた。

「おはようございます。お食事中でしたか。申し訳ございません。主人が急遽お話したいことがあると申しておりましてお二人をお迎えにあがった次第なのですが……お越しいただけないでしょうか」

急用であると聞き、なんだろう?と思いながら、私は背後を振り返り、アーネストに今から部屋を出られそうか意見を聞いてみた。

「……行こう」

アーネストが返事をする。
今は食事中だが、自室待機を命じられているのだから、この後は出掛ける予定もない。一日中部屋に閉じ込められて暇極まりないのだ。船のオーナーであるビニスティ氏が来いというのだから、部屋から出るのも咎められないだろう。
私たちはテーブルの上のパンを口のなかに放り込むと、コーヒーでそれを胃袋に流し込み、上着を着ながら、ポールの後について、再びビニスティ氏のロイヤルスウィートルームへと向かった。

前回とは異なり、今回は広いリビングダイニングルームを通り抜け、奥の扉を開いたその先にある書斎にビニスティ氏はいるようだ。ポールが扉をノックすると「はい」と通りのよい高い声が響いた。ポールの案内で部屋に入ると、ビニスティ氏が右手を上げて迎えてくれた。

「おはよう」

「おはようございます」

朝の挨拶をしながら扉を入ると、先客がすでに三人もいた。会釈をする私たちに対して、デュムーリエ警部とフィデール刑事、そしてフラビエール船長が振り返る。その表情は一様に、私たちを歓待するというよりもむしろ、その登場に驚き狼狽《うろた》えているようだった。捜査に関係のない一般人をなぜ呼んだのか、といったところだろうか。

「来て早々早速だが、実は君たち五人に至急見せなければならない手紙が届いてね……」

そんな先客三人の様子を気に留めることなく、ビニスティ氏は両手に持って広げていた一枚の手紙を私たちに見せた。
そこには下記のように書かれている。

――身代金100万フランを用意し海に投げ入れろ。さもなければ第二の殺人が起こるだろう。

「100万フラン!?!?!?」
「100万フラン!?!?!?」

法外な値段にフラビエール船長と私が思わず同時に声を上げた。フィデール刑事は目を見開いたまま一瞬その場に立ち尽くした後、思い出したように、上着のポケットを探り、いつものようにメモを取り始めた。アーネストはその鈍く濁った碧い瞳でじっとビニスティ氏を見つめている。

「……これは!?いつ受け取ったのですか?」

デュムーリエ警部が眼を皿のように丸くしながら口を開いた。

「手紙は今朝受け取りました。ポールが扉に挟まっているのを発見したのを私に持ってきたんです。手紙は深夜のうちに挟まっていたのかもしれません」

脅迫文を受け取りながらも平然と落ち着き払っているビニスティ氏に対し、動転したデュムーリエ警部が矢継ぎ早に疑問を投げ掛ける。

「それにこんな重要な手紙を我々のみならず、部外者であるバートラムさんやコーヌさんに公開するとはどういった了見で……!?」

「ドウヨくんとアーネストくんはすでに一度目のテロ予告と殺人事件について知っています。それに昨日夕食を共にしてみて私が信頼が置けると思ったからです」

「しかし、こういった重大事件で一般人に協力を仰ぐというのは……」

デュムーリエ警部は納得しない様子で、眉をひそめた。捜査している自分たちに一言の相談もなかったためか、その表情には微《かす》かに怒りすら感じられる。

「『重大事件』だからこそ協力を仰いだんです。警部は第二の殺人の標的は無差別だと思いますか?」

「第二の殺人の標的は……脅迫文に書かれていませんから断言はできません。しかし、第一の殺人、アーサー・アダムス殺害の動機が怨恨や遺産争いであるならば……アダムス家の誰か。おそらくは男爵自身が標的になる可能性は大いにあると思われます」

「それではアダムス男爵の護衛に四六時中警察官をつけますか?そんなことをしては、彼が標的になっていると本人に知らせているようなものだ」

「……ですが、そうするより他ありませんでしょう」

ビニスティ氏の提案に、デュムーリエ警部がうーんと唸って腕組みをした。反対の意思が顔から態度から滲み出ている。

「激情家の彼が自分がテロリストに狙われていると知ったらどうなると思いますか?……パニックになるか、のべつまくなしに人を疑い、下手をすると別の死人が出るかもしれない事態になる可能性はないでしょうか?」

警部が組んだ腕をほどき、右手で頬を撫でながら、溜め息混じりに再び唸る。

「はぁ……しかしですな、それとバートラムさんとコーヌさんをここに呼ぶのとは別問題ではないでしょうか?」

「……いや、彼らにです。すでにテロ予告のことを知って内密にしてくれている彼らにこそ、アダムス男爵の警護をそれとなくするようお願いしてはいかがでしょう?」

「それは荷が重い!!!」

あまりの素人考えに驚き呆れたのか、堪《たま》りかねたようにデュムーリエ警部が大声を出した。

「しかし、警部、捜査と警備の手は足りているのでしょうか?この狭い船内でアダムス男爵に気づかれないようにべったりと尾行して監視することはできるのか?しかも、警護すべきはアダムス男爵だけではない。……なにしろ『第二の殺人』と書かれているだけだから、誰が標的かは定かではない」

「それはそうですが……」

アダムス男爵一人を警護するのであれば問題なさそうだが、確かにこの広い船内に捜査員を配置すると人手は足りないような気がする。それにきっと警備だけではなく、犯人捜査自体にも人員は割かねばならないだろう。身代金の受け渡しもしなくてはいけない。身代金の受け渡しの際には犯人を追い掛ける体制も取らねばならないだろう。
人手不足という痛いところを突かれたのか、デュムーリエ警部からは返す言葉が出てこなかった。

「もちろん、警部。貴殿《あなた》方にはこの船全体の警備と犯人逮捕のための捜査はお任せしたいのです。むしろそちらのほうが重要だし、とにかく捜査に集中してもらいたい。早く犯人を捕まえて、安全確認を行い、船を動かす必要があるのです。念のためアダムス男爵についていてもらうのを、この二人の若者に頼みたいだけなののですが、どうでしょう?」

「……はぁ……なるほど……ふむ……」

デュムーリエ警部は右手を顎に当て、左の眉だけ吊り上げて肩をすくめて、しばらく思案した。

「……分かりました」

デュムーリエ警部はビニスティ氏に降参するかのように重い口を開いた。
警部は心配そうに自分を見つめるフィデール刑事の肩を叩き、私たちのほうに振り替えるよう促して「よろしく」と言い、右手を差し出した。

「よろしくお願いします」

アーネストが私の隣で警部の右手を握り返す。私もあわてて握手をし、流れのままに承諾の意向を示したが、いきなり意見も聞かれずアダムス男爵の警備を任されることになって、内心の驚きと焦りが顔に出ているような気がする。

――テロリストからの護衛とは、そんなに簡単に素人に務まるものなのだろうか?

急展開に思考がついていかないまま、成り行きで承諾してしまったものの、

――私にアダムス男爵が守れるのだろうか?
――守れなくても私自身が怪我しないだろうか?

そんな疑問だけが脳内を駆け巡る。

「……大丈夫ですか?」

不安そうな私の気持ちを察してか、フィデール刑事が声を掛けてくれた。

「アダムス男爵が狙われると決まっているわけではないですし、我々も各所から警備し、怪しい人物には眼を光らせています。コーヌさんたちはアダムス男爵と行動をできるだけ供にし、なにか不振なことがあればすぐに我々に知らせてください!後は我々で対処します。だから、くれぐれも無理はしないでくださいね」

フィデール刑事の言葉で、自分に課せられた役割のイメージがついたので、私は幾分安心した。

「私も一緒に行こう。狙われているのが誰だか分からないのだし、複数でかたまって行動したほうがいいだろう」

ビニスティ氏も書き物机の向こうから私に話し掛けてくれた。これは心強い。

「分かりました。ありがとうございます」

「よろしく、頼んだよ」

笑顔を無理矢理作る私の肩にデュムーリエ警部が手を置いた。

「バートラムさん、コーヌさん。この件はくれぐれも他の乗客には内密に。私たちは船全体の警備を最大限強化するように努めるのと、身代金の受け渡しの際こそテロリストとの接触の機会ですから……機会を逃さず犯人逮捕に全力を尽くします。
ちなみに……身代金の100万フランはご用意いただけるのでしょうか?」

「もちろんだ。急いで用意しよう。……ポール用意を」

「かしこまりました」

ビニスティ氏とポールの言葉を聞いて、デュムーリエ警部が頷き、これで話が終わったかと思われたその時、アーネストが口を開いた。

「最後に……一点だけすみません。前にビニスティさんからお伺いしましたが、念のため……第一の犯行の前に届いたという電報もお見せいただけますか?」

話も終わりかけたこのタイミングで話し出すのかと、ビニスティ氏は一瞬驚いた様子を見せたが、若輩者の間の悪い図々しい要求に快く応じてくれた。

「デュムーリエ警部……」

デュムーリエ警部は渋々懐に手をやり、コートの内ポケットに入れてあった電報を差し出した。
そこにはこう書かれている。

――ダイナマイトを仕掛けた。爆破されたくなかったら船の運行を停めろ

前にビニスティ氏と食事をした際に教えてもらったのと同じ文言だ。

「一枚目の手紙には殺人を仄《ほの》めかす単語が出てきませんね。二枚目は『第二の殺人』と明記されているのにも関わらず」

アーネストが呟いた。

第二の殺人テロ予告が手紙で届いたというビニスティ氏から報告を受け、デュムーリエ警部とフィデール刑事、そしてフラビエール船長は早速、警察とこの船の乗組員合同で船内に作られているという捜査本部へと戻って、今後の対策を早急に練りいった。

「私たちもさっそく今夜の作戦を練らないか?……あと少しでお昼の時間だ。ランチでも食べながらどうだろう?」

書斎に残されたアーネストと私は、ビニスティ氏からのランチの誘いを断る理由もなく、今後どうアダムス男爵に接近し、どう警護していくのかを相談することにした。

「さっそくだが、ポール。アダムス男爵のところに行って、今夜急遽で申し訳ないが、夕食をご一緒いただけないかお願いに行ってもらえないだろうか?今夜7時頃に三人で伺いたいと伝えてくれ。後、アダムス男爵含め四人分のディナーの準備も頼みたい」

ビニスティ氏の判断は早かった。書き物机の前から立ち上がりながら、身代金の準備手配から戻ってきたポールに再び指示を出す。
ポールはやはり今回も「かしこまりました」と言いながら腰を直角に曲げて一礼をし、その場で回れ右をしてさっそく部屋を出ていった。
ポールが出ていくのを見送って、リビングダイニングへと先に出たビニスティ氏が、書斎にまだ足を残している私たちの方に振り返って、口を開いた。

「君たちも今夜のアダムス男爵とのディナーに来てくれるかな?改めて私から君たちをアダムス男爵に紹介しようと思うが……どうだろう?」

ビニスティ氏に勧られるがままに、私たちはダイニングテーブル上座の席に恐縮しながら座った。

「分かりました。……そうですね。私たちは関係者の事情聴取で自己紹介しただけですから、そうしていただいた方が、アダムス男爵には近づきやすくなると思います」

私が答えている間に、ビニスティ氏が出口近くにの席に腰掛けた。彼は満足そうに笑い皺を目元に作っている。アーネストは私の隣で無言のまま、ビニスティ氏の胸元のあたりをぼんやりと見詰めていた。

「よし、話は決まりだ。本題のアダムス男爵の警護の方だが、せっかく二人いるのだし、交代制にするのはどうだろう?少なくとも身代金の受け渡しまでは警護が必要だと思うから、体力を温存しながら挑むほうがいいと思っているんだが……」

ビニスティ氏の言うことは至極もっともである。確かに一人の男性を常に三人で警備する必要はないように思われる。特にビニスティ氏には好きなときに休んでもらいながら、アーネストと私の二人で交代で任務に当たることは合理的だと、私には思えた。

「交代は時間で……昼夜というかたちでいかがですか?」

私は話を先に進めた。決めの問題であればさっさと決めたほうがいい。

「よし、そうしよう」

力強くビニスティ氏が首を縦に振るのとほぼ同時に、アーネストもこくりと頷いた。

「時間は……アーネスト、どうする?じゃんけんで決める?」

子供のようにじゃんけんで決めるのが嫌だったのかもしれない。アーネストはチラリと私の方を横目で見た後、意見を求めるようにビニスティ氏の方を見た。嫌な感じである。

「……ドウヨくんは体力的に辛いかもしれないが、アーネストくんが昼のほうがいいんじゃないか」

アーネストの無言の要求に応じたかのように、ビニスティ氏が意見を述べた。

「……ボーフォートさんの件で、アーネストくんはアダムス男爵によい印象は持たれていないように見受けられるから、少なくとも今はあまり近づかないほうがいいと思う。だから、遠くから見張れて、アダムス男爵にあまり接近しなくてもいい昼間の護衛のほうがスムーズだと感じるのだが、どうだろう?」

なるほど。確かに今アーネストを、あの頭に血が昇ったアダムス男爵に近づけるのは難しいような気がする。
フィデール刑事の言葉に甘えるならば、護衛と行っても本職の警官のように命を懸けるほどのことはなく、何か不振なことがないか見張る程度のものである。危険がありそうな時に近くの警官に声をかければよいぐらいだから、昼の明るいうちならそれほどアダムス男爵に近づかなくてもよいだろう。それに、白昼堂々犯罪を犯すテロリストも少ないような気もする。

「それでは、私は夜ですね」

私の言葉に、ビニスティ氏とアーネストは頷いた。頷いた後、アーネストがビニスティ氏の方に眼を向けながら尋ねる。

「それでは、今夜も私は夕食後、頃合いを見計らって途中で失礼します。……ビニスティさんはどうしますか?」

「初日の夜だ。私もできるだけアダムス男爵の部屋に残ろう」

ビニスティ氏が一緒ならば心強い。アダムス男爵と何を話していいのか……話題に事欠くこともないだろう。私はビニスティ氏とアダムス男爵の会話から、会話のネタをできるだけ掘り出し、できれば男爵と仲良くなろうと考えた。
まずは私から仲良くなっておけば、アーネストにだって心を許してくれるかもしれない。そうすれば昼夜の交代もしやすくなるだろう。

うまくいくかどうかは分からない。
計画は計画だ。その時々の状況の変化に合わせて臨機応変に対応しようということで、この場での話は終わった。

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