事情聴取

アーネストは、自分には少し大きめのズボンを貸してくれたようだが、背が彼よりも5センチばかり高く筋肉質な体型をしている私には少しきつい。股回りがパンパンに張っているのと丈が若干短いのが気にはなったが、まあ、なんとか入ることには入る。よしとしよう。……というか、よしとするしかない。
私はソファに頬杖をついて座ったまま仮眠をとった。

―――コンコンコン

ノックの音で目覚めると、すでにアーネストは起きていて、朝の身支度も済ませていたようだ。扉を開けて来客の対応をしている。
時計を見ると針は朝の9時を指していた。4時間ほどの睡眠が取れたというところだろうか。
低く伸びのよい声が入り口から聞こえてくる。

「バートラムさん、おはようございます。朝早くから申し訳ございません。船長のフラビエールです。警察の方がお話を伺いたいとのことで、こうして回らせていただいております」

はあ、はあとアーネストが返事をする声がした後に、渋味があるものの少し嗄《しわが》れていて聞き取りづらい声が聞こえてきた。

「はじめまして。私、フォオドール・デュムーリエと申します。警部を拝命しております。
昨日の夜から朝にかけてのあなた方のことについて、お部屋で二、三質問させていただけますかな?」

「警部」という言葉を聞いて私は頬杖を辞めて半身起こして座り直した。昨夜……というか、夜明け前、寝る前のアーネストの言葉が現実になったことに驚いたことには驚いたが、それよりも、密航がバレて、殺人と爆破テロを企てたとかいう冤罪《えんざい》で逮捕されてしまうのではないかという不安のほうに強く襲われる。顔すら洗っていないのに目がスッキリと覚めた。

―――昨夜の航海士が怪しんで通報したのだろうか……

私は内心ビクビクしながら、ぎこちなく笑顔を作るように努力した。

「どうぞ」

部屋には総勢五人の男が入ってきた。壮年の男が三人と若者が一人、老人が一人である。

フラビエール船長は船長服を着ているから、見てすぐそれと分かる。学生時代はラグビーでもしていたと思われるぐらい、がっしりした体格である上に、背筋を伸ばしているからよりいっそう大きく見えた。帽子の下から短く刈り上げた金髪が見える。鼻筋の通ったハンサムな男だ。

フラビエール船長の隣に立っているずんぐりした男が、デュムーリエ警部。よれよれのコートを着たこの男は、白髪混じり、というより、白髪に黒髪が混ざっているといった方がいいかもしれない。パーマがかったグレーヘアーを乱雑にオールバックに撫で付けており、襟足の髪は遊んでいる。

若者は警部の部下だろう。清潔感のある紺のスーツをビシッと決めているいかにも真面目を絵にかいたようなキリリとした端正な顔立ちの刑事は、フィデールと名乗った。

―――もう一人の壮年の紳士は誰だろう?

紹介がない。警察の人間だろうか?
フラビエール船長ほど大きくはないが、肩幅のある体格のよい紳士である。顎のしっかりした四角めの顔につぶらな瞳と大きめの鼻と口がのっている。温厚そうな微笑みをその大きな口許に湛えていた。滑らかな光沢を放つ細やかな生地を使って仕立てのよいスーツを着ていることから、かなり裕福で有名な人物なのではないかと感じる。

眼鏡を掛けた白髪頭の老人は紳士の執事のようである。老執事は背筋正しく、右手を前で直角に曲げ、左手は真横に。主人のうしろにぴったりとくっついて離れない。

「どうぞ、お掛けください」

狭い船室に男ばかりがぎゅうぎゅう詰まってなかなかむさ苦しい。七人もの男性が座るための椅子の数が足りないのは明白だった。

明らかに若輩者である私は、ソファーから立ち上がろうとしたが、「まあ、どうぞ。質問させていただくのは私どもですから、あなた方はお掛けになったままで」と、デュムーリエ警部に止められたので、その場で座り直すに留《とど》めた。
アーネストが私の右隣に座る。正面にはデュムーリエ警部、そして、アーネストの前には、温厚そうではあるが何者だか判別のつかない壮年の紳士が着席した。船長はデスクの前の簡易な椅子に座っている。若者と老執事は立ったままだった。

「お二人ともそう固くならんでください。
今からする質問は、この船に乗っている乗客乗員すべてにしてるもので、形式的なものです。みなさんにしているものなので、気を悪くしないでください」

デュムーリエ警部の質問が始まる前に、アーネストが口を開いた。

「その前に一点だけ。失礼を申し訳ございませんが、こちらの方は?」

アーネストが目の前に座る温厚そうな紳士の紹介を求めた。

「この方は……」

船長が紹介しようと身を乗り出したのを制止して、紳士が自ら話し出した。

「……ああ、失礼。私はサロモン・ビニスティと申しまして、この船のオーナーです」

サロモン・ビニスティと言えば、世情に疎い私でも名前ぐらいは知っている「世界の海運王」だ。若い時にプランセールを出奔。新大陸のほうで財を成し、それを元手にイェゴス帝国の植民地貿易を担っている、今や世界の船という船を操る大実業家である。

「ビニスティさん、お噂はかねがね」

アーネストは中腰で立ち上がり、ビニスティ氏と握手をした。私も腰をあげ、その真似をする。

「よろしいですかな?」

デュムーリエ警部が話を進めようとするのに、私たちは黙して賛同した。
アーネストは顔色ひとつ変えずいつもの無表情なまま応対しているが、笑顔を無理に作っている私のほうは心中穏やかではない。

――どんな質問を投げ掛けらるのだろう?
――上手くそれに答えられるだろうか?

いくら考えても仕方がないが、不安ばかりが脳内を駆け巡る。胸がバクバクと鼓動し、緊張と動揺で窒息しそうだ。

「まずお二人のお名前は?」

「アーネスト・バートラムです。」
「…わ、私は、ドウヨ・ノエル・コーヌといいます。…あ、アーネストの友人です」

一音一音落ち着いて、丁寧に発音することを心掛けたにも関わらず、言葉をつっかえた。つっかえるごとに、怪しまれたのではないかと焦る。背中に嫌な汗が滲み出してくるのを感じた。

「お二人はどちらから乗船されましたか?」

「私はバプールから。ドウヨとはバドゥーから合流しました」

アーネストがバプールという街からこの船に乗ったのは知らなかったが、私がバドゥーから合流したのは嘘ではない。アーネストの話に合わせて、隣で私は二回深く頷いた。

「昨夜は何をしていましたか?」

「私は、甲板で船酔いしていたドウヨを介抱していました。船が止まったころ、二人とも赤毛の三等航海士に見咎められボディチェックを受けてます。特になにも不振なものを持っていないことが分かると、自室待機するように言われ、そこから朝までここにいました」

「他に誰にも会いませんでしたか?」

「特には」

隣で黙っていたものの、事実も交えながらも、息を吐くようにぬけぬけと嘘をつくアーネストに舌を巻いた。

「……なるほど。ご質問を変えますが、アーサー・アダムスという男性をご存じですか?」

「お名前だけは、知人から伺っています」

「知人とは?」

「アンジェリカ・ボーフォートです」

「なるほど」

その名前を聞いたフィデール刑事が黒革の手帳を開いてメモを取った。ちょっと言葉を切って、デュムーリエ警部はうんうんと納得したかのように頷く。

この会話の切れ目に間髪を入れず、アーネストが口を開く。

「アダムスさんに何かあったのでしょうか?」

フラビエール船長とビニスティ氏が狼狽《うろた》えたように顔を見合わせた。デュムーリエ警部が頷くのを辞め、アーネストの顔を片方の眉を吊り上げてじっと見つめる。
質問された内容に答えるべきか迷っているようだが、すでに私ですら、何かがあったのだということぐらい気づいていた。

「何があったんですか?」

感情が読めないあの灰色がかった虚ろな瞳をじっとデュムーリエ警部から動かさず、問い質《ただ》すアーネストにの顔を見て、警部は咳払いをひとつした。

「実は、アダムス氏の遺体が発見されまして」

「それはいつ頃?」

デュムーリエ警部に息をつかせる間もなくアーネストが質問を投げ掛ける。

「つい今しがたです。夜が明けて捜索してからです。……なので、今私たちは、このように皆さんに尋問をして回っているのです」

「どこで見つかったのですか?」

「捜査に関わるので、お答えしかねます」

「なるほど。分かりました」

一頻《ひとしき》り質問を終えたのか、アーネストは視線をソファの前のローテーブルに落とした。
テーブルの上に置かれたアーネストの木製のベントパイプと、その隣に置かれたパイプに詰める煙草の箱を眺めながら、私はぼんやりと船底のコンテナ置き場でたまたま見つけた男性の死体を思い出していた。もしもあの死体がアダムス氏であるならば、捜査を進めるにつれ、私があの場にいたことが露見してしまうかもしれない。

――今、昨夜のことを告白してしまうべきだろうか?

正直に白状してしまえば、不安でどうにかなりそうなこの胸のつかえも降りて楽になるだろう。アーネストにかかる迷惑だって最小限に納まるのでは?こう思って私が口を開きかけた時である。

「……私たちの質問は以上です。もしかするとまたお呼び立てするかもしれませんから、お部屋で待機ください」

「お食事はお部屋にお持ちするようにします」

デュムーリエ警部の後に、フラビエール船長が付け加える。
私はつい喉元まで出かけた言葉をぐっと飲み込んだ。代わりにアーネストが口を開き、席を立ち背を向けたデュムーリエ警視を引き留めた。

「あ、すみません。私から最後に一点、ご質問させていただいてもよろしいでしょうか」

「……なんでしょう?」

「デュムーリエ警部は始めからこの船に乗っていらっしゃったんですか?」

警部が黙ったまま怪訝な顔をしながら立ち止まった。

「殺人事件が起きた船に警察の方々が偶然乗り合わせていたのでしょうか?殺人事件が起き死体が発見されてからここまで来られたにしては、到着が早すぎると思いまして」

そう言われてみれば、確かに事件発覚直後に警察の面々が乗り合わせているのは奇妙な偶然だ。船は昨夜から海上に停泊しているにも関わらず、他殺体が見つかってから呼んだにしては到着が早すぎる気がした。

「未明はたいして風もなく晴れていたのに、夜の間中船が停泊しました。私たちは自室待機を命じられた。このことに何か関係があるのではないかと思うのですが、いかがですか?」

訝《いぶか》しげにアーネストの顔を見ていたデュムーリエ警部の顔色が変わった。警部は椅子に座り直し、アーネストをじっと見据えている。

「ちなみにフラビエール船長、昨夜はなぜ船を停泊させたのでしょうか?」

「それは……」

フラビエール船長も戸惑った顔で一言発したきり、口をつぐんだ。

「例えば」

アーネストが続ける。

「船に持ち込んだダイナマイトを爆発させると脅迫されていたとか」

「どうして、それを!?」

フラビエール船長が思わず驚きの声を漏らした。

「フラビエール船長……!!!」
「そっ!それは機密ですよ!!!」

ビニスティ氏と、メモを取るためにペンを走らせていたフィデール刑事が顔を上げ、同時に船長を一喝した。船長がハッとして口を塞ぐ。
ビニスティ氏の老執事はその場から動きこそしなかったがゆっくりと眉だけ上に上げて戻し、ずり落ちた眼鏡をかけ直した。
デュムーリエ警部はなお、穴が開きそうなぐらいアーネストの顔をじっと見つめている。
私は私で死体の側に転がっていたダイナマイトを思い出した。やはりあの死体はアダムス氏なのだなと思った。

「昨今は『革命家』による爆破テロ事件が流行っていますから。そういう絵空事が思い浮かんだだけなのですが……」

アーネストは瞳を閉じ、口許に微かな笑みを浮かべた。彼なりの愛想笑いだろうか。

「……ダイナマイトのことはどうか内密に!」

ビニスティ氏はアーネストに向かってソファから身を乗り出し頭を下げて懇願した。

「いやいや!どうか頭を上げてください!」

遥か年上の立派な紳士が頭を下げるのに、なぜか私が恐縮してしまって、アーネストでもないのに言葉をかける。

「この船に爆弾テロ予告がされたのは、我が社始まって以来の一大事……この船の乗客の安全が第一です。パニックになってもいけませんし、船内のどこかに潜んでいるテロリストを刺激することにでもなったらいけません」

デュムーリエ警部も、一度、背凭《せもた》れのほうに一旦寄りかかった後、前のめりになって両腕を膝に載せ、掌を合わせて口元に置き、ビニスティ氏が話を切るのに合わせて頷いた。

「だから、乗客のみなさんには決してお話にならないでください。ここだけの話で留《とど》めて頂きたいのです」

ビニスティ氏は、私たちにもう一度、口外しないように念押しし、正面から私たちの顔を交互に見つめた。
私にしても、おそらくアーネストにしても、殊更この事を見ず知らずの他の乗客に口外して騒ぎ立てることで享受できるメリットはない。

「分かりました」

アーネストも私も他の人に話さないことをはっきりと約束して五人を部屋から送り出した。

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