春野知広と入来昭仁の話

トイレの窓からは月がきれいに見える。
薄闇のなか、月光がほのかに差し込んでいる。
夜明け前の底冷えがして寒々しく感じられ、知広は、早くここから抜け出したいと思った。

―善之助…

知広は自らの股間に手を伸ばし、ゆっくりと上下にしごきはじめた。

―オレは善之助が好きなんだろうか。

男だとか女だとか、ノンケだとかゲイだとか、「性」のカテゴリを取っ払って、「人」として善之助が好きなのかと問われれば、好きなのかもしれないと知広は思った。
暴力をふるわれ、犯され、挙げ句の果てにヤり捨てにされたにも関わらず、自分は善之助を求めている。

「…あっ」

善之助を思うほどに知広のペニスも堅さを増し、吐息を漏らした。

―オレはゲイなんだろうか。

一方で、受け入れがたい自分に戸惑っているのも事実だった。

―オレは善之助が好きだ。

―善之助が好き。

切なさが込み上げ、知広の胸を、狂おしく締め付ける。

―でも…

その一方である、嫌悪感。

―オレは、ゲイである自分が嫌いだ。

善之助を愛している。
でも、善之助を愛する自分を受け入れることに抵抗があるのだと、気づく。

善之助は好きだけれど、善之助が好きな自分が嫌い。
相反する気持ちに引き裂かれ、知広は苦しんだ。
自分がゲイであることを素直に受け入れるべきなのだとは思う。

その一方で、両親の悲しむ顔が思い浮んだ。
進学して、卒業して、就職して、結婚して、子どもをつくる。
それは親の…いや、世間一般的に見て、間違いの少ない理想の人生なのかもしれない。
現に知広もそれが幸せなのだと無意識に信じていたし、そこから逸脱しようとしている自分に不安を感じる。

オレは死に向かって生きていくのだろうか。

―それでも…

両親の青白い絶望したような顔が浮かんで、自分に重なる。

―オレは善之助が好きだ。

実際、知広の選んだ道ならば、彼の両親は受け入れてくれるのかもしれない。
親の愛は子どもが思う以上に深いものだということを、知広はまだ知らない。

ただ、知広は知広のなかの両親を。
つまりは、知広自身を殺した。

死の欲動。

「…うっ…ん…」

知広は肩を震わせ精液を出し、ぬぐいとった。
白濁とした意識のなか、彼は再び生まれた。

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