繭の中

久々に出た講義は思いの外進んでいた。
立て続けに講堂での授業が続く。
オレは後ろの隅っこのほうに座り、できるだけ目立たないようにして、授業をやり過ごした。

こうして、無難に月曜日がすぎ、火曜日がすぎ、水曜日。
朝は善之介に送ってもらい、授業を受け、夕方まで図書館で迎えがくるのを待ち、夜になるとセックスして寝るというのを、繰り返す。

そして、木曜日。
それまでは講堂の隅っこに出席していればいいばかりだったが、木曜日は3限にゼミがあり、そこではさよ子に会わざるを得なかった。

「春野くん、このところ欠席が続いたけれども、大丈夫でしたか?」
教授に聞かれ、曖昧に返事をする。

―さよ子は他の人に言いふらしたりしていないだろうか…

周囲の視線が白々しく感じられ、オレはいたたまれない気持ちになった。

授業が終わると、オレはそそくさと教室を後にし、廊下を足早に歩いた。

「…ちょっと!!!春野くん!!!!!」

後ろからさよ子がバタバタと走って追いかけてきた。

「…ちょっと。」

さよ子は息を切らして言った。

「…ちょっと話せない?」

オレたちはカフェテリアの隅っこに座った。

「…春野くん、大丈夫だった?」

さよ子が心配そうに話しかけてくる。

「あれからお休みが続いたから、心配で…」

「…まぁ。」

オレはなんとも言えず、曖昧な返事をした。
大丈夫と言えば大丈夫だし、大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃない。

沈黙が続く。

「…春野くん。」

さよ子が意を決したかのように話し出した。

「春野くん、警察、行こ?」

警察に行く?
突然思いもよらない提案をされ、オレはさよ子の顔をまじまじと見た。

「い…」

口をついて出た言葉は自分でも意外になめらかだった。

「一発ヤらせてよ。善之助とヤったみたいにさ。」

間髪入れず、さよ子にビンタされた。
顔を真っ赤にし、今にも泣きそうな顔をするさよ子。
椅子を立ち上がり、長い髪を翻しながら、彼女は足早に去っていった。

これでいいんだ、これで。

警察行って、男にヤられましたって言えってことなんだろうか?
しかも、目撃者は好きな女なんですと自ら告発しろということだろうか?

それに、暴行罪で警察に善之介が捕まったとして。

それでどうなるのだろうか?

そしたら、オレが善之助に犯された事実帳消しになり、さよ子と付き合えるというのだろうか?
好きな女も守ってやれず、その目の前でアンアン言いながら男にヤられることしかできなかった無能な男を選んでくれるの?

さよ子は純粋にオレを心配してくれたのだろう。
それは彼女の優しさかもしれないし、あるいは罪滅ぼしの気持ちがあったのかもしれない。

でも、それは偽善だとオレは感じる。

オレがさよ子を許し、意見を聞き入れ、警察に行って善之介が裁かれたら、嘘をついたさよ子の気持ちは少し晴れるかもれない。
しかし、それは現実問題の解決になるわけではない。

オレは善之介に犯されたという十字架を、さよ子は善之介に犯させたという十字架を背負い続けるのだ。
これは、オレの愛を受け入れずさらに裏切った、さよ子に対する復讐なのかもしれない。

オレは心の狭い男なんだ。
だから、さよ子にはこんな男の子となどキレイさっぱり忘れてほしいとも思った。

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