華麗なる復讐

陽光が溢れ、鳥は囀《さえ》ずり、花が咲き乱れる。周囲に集まったありとあらゆる動物たちが無言のまま祝福してくれている……そんな幸せな楽園に住む住人は自分たち二人だけだと言わんばかりだ。幸せ一杯なのだろう。朝陽が昇る中での素晴らしく美しいプロポーズの後、もはやアーネストと私のことなど見えていない若いカップルを食堂に残し、私はアーネストと共に喫煙室へと入った。

こうやって男二人。幸せから程遠い所に取り残されたように薄暗い喫煙室に閉じ込められると、なんとも華がなく、つまらない。煙草の煙たい臭いが鼻を刺激する。
しかも、一緒にいる相手は殺人事件のこと以外の会話がなかなか続かない男である。あまりに会話が続かなすぎて、独りでいる時よりもむしろ、二人でいる分、寂しさが増すことすらあるぐらいだ。

しかし、この男なりにも私には気を使っているようでもある。私が煙草を吸わないから、アーネストはいつも談話室の入り口近くに留まる。今日も扉を開けたところを少し左に入り、壁に凭《もた》れ掛かってマッチを擦るとパイプに火をつけ一吸い深く煙を吸い、口許から白い煙を吐き出した。

……と同時に一言ぼそりと呟いたのを、私は聞き逃さなかった。

「サロモン・ビニスティの華麗なる復讐、ここに完結……か」

「……え?」

その不可解な言葉の意味を理解できず、私は急《す》かさず聞き返した。

「どういうこと?」

アーネストがパイプを口に咥えながら、相も変わらず表情も変えずに、ゆっくりと私の顔を見詰め、それから、右側に立っている私の顔に煙がかからないように左下を向いて煙を短くふうと吐いた。

「ビニスティ氏が、アーサー・アダムスを殺した理由はなんだと思う?」

煙を吐くに任せて俯き加減のまま、すでに先程解決した問題を蒸し返すアーネストに、私は少し苛立った。こちらが質問しているのだから、すぐ答えればいいのに、アーネストは平然として再び質問で返してくる。私は暫《しばら》く黙って我慢していたが、焦《じ》れったくなって話を先に進めた。

「……だから、アダムス男爵への復讐でしょ?」

そのぼんやりとした灰色がかった碧い瞳の奥で考えていることを包み隠さず、ひと思いに全て話してくれたらいいのにと思う。

「『アダムス男爵への復讐』ならば、アダムス男爵だけ殺せば復讐は済むだろう。その息子まで……というか、その息子を一番に殺した理由はなんだろう、と」

アーネストはゆっくりとまた煙を吐いた。白い煙が口先で一瞬もやもやと固まってほどけて宙に消えていく。

言われてみれば確かにそこは疑問である。アダムス男爵への復讐であるならば、アダムス男爵一人殺せばいいものを、なぜビニスティ氏はよりにもよって、その息子アーサーから殺害したのだろう?アーネストの吐いた白い煙のように、私の頭の中で疑問がもやもやと燻《くすぶ》り始めた。

「……愛するイヴの子供は自分の息子ひとりでいい!っていう独占欲っていうの?そういう気持ちだったとか???」

私はアーネストの質問によい考えを思い付くことができず、我ながらおかしいなと感じながら苦し紛れに思ってもいない回答をした。実際独占欲なんかで人を殺すことを実行するまでの気持ちに至るのだろうか?……自分でもちょっとよく分からない。

「そういう気持ち?……お前はちょっと……ロマンチストすぎないか?激情に溺れやすいというか……」

――自分でもそんなことは分かっている!

私は自分でも分かっていることを指摘されてカチンと来た。私のことはどうでもいいから、ビニスティ氏についてのお前の意見を聞かせてほしいと私は思った。私にいつまでも物を知らない道化役を演じさせないでほしい。

「うるさいよ!自分でもなんか違うって思ってたわ!……で、なんだって言うの?」

――だからなんなんだ!?分かっているのならさっさと教えてくれればいい!!!なぜ私にいつも肝心なことを秘密にするんだ!?!?!?

焦《じ》らされる方の気持ちなど分かっていないのだろうか。アーネストはまたパイプを一吸ゆっくり吸ってのんびりと答えた。

「結局のところ、すごく単純な話だよ。アダムス男爵の爵位と遺産を自分の息子に継がせるためさ」

――あ……

ビニスティ氏がアダムス男爵の遺産相続のことまで考えていた可能性もあるのかと気づかされる。アーネストはアーネストなりに、幸せそうな恋人たちの姿を見て上機嫌なのかもしれない。先程とは打って変わって、特に私が教えてくれとも頼んでいないのに、つるつると酒にでも酔ったかのように饒舌《じょうぜつ》に語り始めた。もしかすると煙草に酔うなんてことがあるのだろうかと思えるほどだ。

「おそらくビニスティ氏の殺害計画は、クレアがクレイグとの恋愛に悩んでいることを知った時から始まっている。救貧院の炊き出しの手伝いの時にでもビニスティ氏はクレアに相談されていたのだろう。もちろん彼は同時に、アダムス男爵がクレアとマテューとの結婚を推し進めているのを知った。
この時、昔、イヴと無理矢理別れさせられ取られたことに対する復讐の念も沸いて出てきたとは思う」

アーネストはちょっと言葉を切って、煙草を一吸い吸った。沈黙の間に口から煙が立ち上る。きっとニコチンの酔いから覚めたのだろう。補給すると間もなくまた酩酊しているかのように話を続けた。

「……でも、ただ単なる感情で動いたのではないだろう。感情に身を任せたのなら、もっと前に復讐していたんじゃないか?イヴさんがアダムス男爵と結婚した時とか、イヴさんが亡くなった時だとか――もっと感情が揺さぶられるきっかけは色々とありそうなものだ。
でもその時、ビニスティ氏は動かなかった。……彼はそんな激情的な男じゃない。
今回は、クレアの結婚という、アダムス男爵の遺産相続権を得られるチャンスがあった。今回はアーサー・アダムスとアダムス男爵の二人さえいなくなれば、自分の息子に遺産相続件が回ってくるチャンスがあるからこそ、アダムス男爵とその長男を殺害したんだ。
クレアとマテューとの縁組みを破談にした上で、自分がクレイグの父親だと名乗り出て、クレアとクレイグを結婚させることで、アダムス男爵からすべてを奪い去るという復讐計画だったんじゃないか」

アーネストは自分の説を語りきり、満足そうに煙草を二、三吸吸い、口からふーっと真っ直ぐに長く濃い煙の筋を出した。ぽってりとした唇の端に一瞬微笑みさえ浮かべてたように私には見えた。

人の復讐心や恋愛感情すら計算ずくで俯瞰的に練られた殺人計画を、ともすると自分が達成したかのように満足そうに淡々と語る、この男は探偵なのだろうか?それとも生粋の犯罪者なのだろうか?まるで脳内で犯罪の計画を練るのを楽しんでいるようにも見える。
ここまで冷酷に推理を働かせる男を、私は絶対に敵に回したくないなと思った。敵に回したが最後、いつかどこかで秘密裏に殺されてしまうような、うすら寒い気持ちになる。
アーネストから見ると、先程の幸せを絵に描いたような、クレイグとクレアの婚約もビニスティ氏の復讐劇の一部に過ぎなかったのだろうか?……言われてみると確かにそういう物の見方もあるのだろうが、世の中そう淡々と全て理詰めで考えると、苦しく辛くなるばかりだ。私は素直に二人を祝福したい。

煙草を吸ってまた満足したのか、アーネストが言葉を続けた。

「結果的にアダムス男爵は殺せなかったけれど、その計画はどうやら達成できそうだ……アンジェリカがアダムス男爵の子供さえ今後妊娠しなければね」

人一人亡くなっているのだから不謹慎だとは思うが、アーネストはこの復讐劇を半ば舞台の外で見詰める観客のように楽しんでいるようにも見える。それはさながら、我々がミステリ小説を空想の中で楽しんで読むかのような、自分を世界の外側に置き、傍観者として観察している感覚なのかもしれない。

私はまた、談話室でマテュー・モランと話していた時の、あの妖艶な毒婦そのものであるアンジェリカの姿を思い浮かべた。彼女ならばアダムス男爵の子供を産むという目標も達成しかねないなとも思った。
遺産目的の殺人計画の破綻のきっかけになるのならば、それはそれでなにも悪いことではないことのような気さえする。『貞淑』という概念から程遠い彼女は、我々のまだ知らない20世紀風の新しい女なのかもしれない。
「弱き者よ、汝の名は女なり」とは言ったものだが、世の中を俯瞰的に見てみると、貞淑なき女性をハムレットのように一方的に嘆き責めたてる、誰から見ても確実な理由というものが果たして存在するのだろうかと疑わしくもなる。

「復讐するならば、徹底的に、だよ。そうでなければ復讐なんて非論理的《イロジカル》な事はわりに合わない」

アーネストが並べる言葉のチョイスは恐ろしいが、復讐などの感情に任せて犯罪を犯すのは割りに合わないという点では、アーネストの言うことは一理ある。犯罪そのものは憎むべきものだ。

彼の推理が正しいかどうかは、ビニスティ氏が逮捕、勾留さてしまった今となってみると分からない。ただクレイグとクレアに頭を下げた後の、もはや自分は全力を出しきったといいうのビニスティ氏の、半眼に目を開き口元には微かに笑みを湛えてた表情を思い出した。その表情は、日本の仏像の顔を想起させるようなところがある。その表情は「無」そのものであり、永遠の安寧を思わせた。

あの表情は確かに、華麗なる復讐をやり遂げた男の顔だったのかもしれない。

 

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