「…悠希と本当になんも話してないの?」
知広が感情を圧し殺したような低い声で尋ねる。
「…うん。」
坂本は能天気に答えた。
「…あのさ。LINEとかで言うことじゃないかもしれないんだけど、アイツ…」
知広がゆっくりと話す。
「オレにお前とセックスしてくれって、雨ん中土下座して頼んできたよ。」
「…はぁ!?!?!?!?!?」
思わず坂本は大きな声を出した。
居酒屋の喧騒の中に掻き消え、周りはまったく気に止めていない様子である。
坂本もまた、周囲の音から隔絶されたかのように、頭の中が真っ白になり、茫然とした。
「…オレ、そんなこと頼んでないけど。」
坂本は声を絞り出した。
「…んなこと、分かってるよ。お前が好きだからそこまでするんじゃないの?」
知広が突き放したように答える。
「……………。」
坂本は電話の向こうで黙るしかなかった。
「…オレには分っかんないけどさ。…その………ックスしたら、お前、悠希と付き合ってくれるの?」
「…え?」
知広が口ごもるものだからうまく聞き取れなかったのもあるし、即座に知広の言っていることが理解できず、坂本は聞き返した。
「オレがお前とセックスしたら、お前悠希と付き合ってくれるの?」
知広は一音節ずつハッキリと発音したが、坂本は知広の、悠希の言っていることが理解できず―いや、受け入れられず、沈黙した。
「…ちょっと………言ってることがよく分からない。」
「…オレもよく分かんないよ!!!」
こんな時に勝手に涙声になる知広はズルいと、坂本は思った。
知広が泣く時、坂本は自分がしっかりしなくてはいけない気持ちになった。
「なんで悠希じゃ、ダメなんだよ!?」
―――なんで悠希じゃダメなのだろう?
知広に問われ、坂本は改めて考えてみて、ふと今気づいた。
―――ともぴょんが泣くからだな。
坂本は思った。
そういえば出会った時から知広は泣いていた。
会う度に泣いていて、自分が傍にいると泣き止む知広ばかりを見ていたような気がする。
―――ともぴょんにはオレがいないとダメなんだなと思ってたんだな。
坂本は自分の気持ちに納得した。
オレがいないと泣いちゃうともぴょんが、オレには必要だったんだと、気づく。
そして、その事すら知らずに、勝手に悠希のことを思って泣いている知広はズルいと思った。
「…これはオレら二人の問題だから。」
長い沈黙の後、坂本が口を開く。
「ともぴょんはもう心配しなくていいよ。」
「…うん。」
電話口から知広の微かな返事と共にぐしゅぐしゅ鼻をすする音が聞こえる。
坂本はひとつため息をついた。
「オレから村瀬に連絡してみる。」
知広は答えられずに黙っていた。
「だから、泣かないでよ~。」
坂本がいつもの軽い調子で話し始める。
「今日はごめんねー。はーい。じゃあねー。」
坂本は電話を取った切った。
―――どいつもこいつも世話が焼ける。
必要とされている自分に少し自信を取り戻したのかもしれない。
そう思いながら、坂本の口元には微かに笑みが浮かんでいた。