「ぃらっしゃいませ~!!!!!」
活況な居酒屋の雰囲気とは裏腹に、二人はなにを話すでもなく、静かにジョッキを傾けていた。
「オレなんか好きになるの辞めちゃえよ。」
ビールを飲んでハイボールも2杯3杯と進んできた頃、坂本がポツリと言った。
「…なんで?」
唐突だったので、悠希は驚いて質問で返した。
「好きなヤツの嫌がること、平気でしちまうんだもん。自分でもひくっつーの。」
坂本は自嘲して、ジョッキを煽り、追加のハイボールを注文した。
「…ともぴょんと、なにかあったの?」
「………」
坂本が一瞬眉をひそめて黙った。
「…てか、『好きなヤツ』がともぴょんってよく分かったね~。」
枝豆を摘まみながら、笑って話を逸らす。
「…そりゃ分かるよ。キング観察してれば佐々木くんの話してるともぴょんの隣で寂しそうにしてるのバレバレ。」
「バレバレか~。」
「しかも、あんなにムキに佐々木くんに怒ったりしないでしょ、普通。」
「はは…てか、空いてっけどなんか飲む~?」
坂本が悠希のグラスを見て言った。
「じゃ、レモンサワー飲もうかな。すみませーん!」
ハイボールを持ってきたウェイターに注文し終えた悠希が坂本に向き直る。
「で?ともぴょんとなんかあったの?」
坂本の顔が曇る。
「…はは。ツッコむね~」
ハイボールを大きく煽って坂本は言った。
「…ともぴょんと………セックスしたの?」
坂本が噎せて、口に含んだハイボールを軽く吹いた。
「…ご、ごめん!」
悠希がテーブルのうえのナプキンを坂本に渡した。
ゴホゴホと咳き込むのがおさまるのを待って、坂本が静かに呟く。
「ともぴょんとセックスね…」
坂本が自嘲気味に口元を歪めた。
「そんな価値、オレにはねーんだわ。」
知広を右フックで殴り付けたこと。
「…やめ…て………い…やだ…善之助………。」
佐々木善之介の名前を呼びながら大粒の涙を流す知広を、犯そうとした自ら制御できない野獣のような感情の暴走に、坂本は自分でショックを受けていた。
「善之介。」
強姦される知広の頭のなかにあるのは、目の前の自分ではなく、佐々木善之介であることも悔しかった。
―なんでオレじゃないの?
目頭が不意に熱くなる。
―愛するヤツの気持ちも無視する、オレなんかじゃダメなんだ。
「さーせーん!テキーラ!!!」
ネガティブな考えを振り払うように、坂本はテキーラを注文した。
今日は飲んですべてを忘れたい。
「…ねぇ?ペース早くない?」
悠希が目を丸くして、心配そうに言う。
「てか、飲みたいっつったの、そっちだから~」
それから坂本は、悠希の質問には答えず、テキーラを潰れるまで煽り続けた。
―ともぴょん、愛してる。
―ともぴょん、愛してるから!
―オレ、ダメなところ全部治すから!!!
―佐々木善之介なんか辞めて、オレのところに来いよ!!!!!
そんな自分勝手なを思っているうちは、オレは知広を愛せてはいないのだろうか。
知広の気持ちを尊重すればするほど、オレは身を引かねばならないのだろうか。
―てか、「愛してる」って何?