オレはそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。
真珠貝は大きな滑らかな縁の鋭い貝であった。
土をすくう度に、貝の裏に月の光が差してきらきらした。
湿った土の匂いもした。
穴はしばらくして掘れた。
知広をその中へ入れた。
そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。
掛ける毎に真珠貝の裏に月の光が差した。
それから星の欠片の落ちたのを拾って来て、軽く土の上へ乗せた。
星の破片は丸かった。
長い間大空を落ちている間に、角が取れて滑らかになったんだろうと思った。
抱き上げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し緩くなった。
オレは苔の上に座った。
これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石を眺めていた。
そのうちに、知広の言った通り日が東から出た。
大きな赤い日であった。
それが又知広の言った通り、やがて西へ落ちた。
赤いまんまでのっと落ちて行った。
ひとつとオレは数えた。
しばらくすると又唐紅の天道がのそりと上って来た。
そうして黙って沈んでしまった。
二つと又数えた。
オレがこういう風に一つ二つと数えていくうちに、赤い日をいくつ見たか分からない。
数えても、数えても、数えきれないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。
それでも百年がまだ来ない。
「オレはともぴょんに騙されたんだろうか…?」
しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、オレは思った。
同時に
「もしも知広が嘘をついたとしても、それは構わないことだ。」
とオレは思った。
―――なぜならオレはともぴょんを愛しているから。
オレは知広を百年と。
いや、千年と待つだろうと思った。
夏目漱石の『夢十夜』第一夜では、主人公が、女に騙されたかと思い出したそのとき、真っ白な百合の花が咲く。
その白い花弁に接吻し、顔を離したその拍子に思わず、遠い空に瞬く暁の星を見る。
そして、主人公は百年の時の流れに気づく。
―――オレはともぴょんを愛してる。
アイツはオレに抱かれるのを嫌がった。
―――ともぴょんはオレを愛していない。
ともぴょんは今夜も佐々木善之介に抱かれてるのかもしれない。
―――でもね、オレはともぴょんを愛しているんだ。
だから今のオレは待っている。
知広がやって来るまで、何百年何千年と。
「百年はもう来ていたんだな」と気づくこともないだろう。
花は咲かないかもしれない。
『夢十夜』の女と主人公のように、オレたちは特に約束すらしていない。
遥か上から落ちる雫に揺れる花弁に口づけすることもないだろう。
雨夜に暁の星を探すように、オレは知広を待ち続ける。
その何百年、何千年という時間は決して無駄でもないだろう。
なぜならそれは愛の証だから。