「…は、春野くんに悪いから。」
善之介に他意はないと思うのだが、今の悠希には抵抗があった。
善之介が沈黙する。
長い沈黙が続き、次の授業が始りそうだった。
人が疎らになり始める。
「そろそろ僕らも行こうか…」
この場から早めに立ち去ったほうがよさそうだという悠希の勘は当たっていた。
「…もし」
悠希が立ち上がろうとした矢先、善之介が口を開いた。
「…もし、オレがともぴょんと別れたら?」
悠希は聞いてはいけない…聞きたくない言葉を聞いてしまった気がした。
多分その言葉は別れてから言うべきだろうと悠希は憤りを感じた。
胸が痛む。
「…別れてても。」
悠希がまっすぐ善之介の顔を見て言う。
「僕、キングのことが好きだし。」
悠希は空になった食器をのせたオレンジのトレーを手に取り持ち上げた。
「…春野くんのこと、ちゃんと大事にしてあげなよ。」
悠希は食器をさげ、去っていった。
テーブルに肘をつき、顔を覆って、善之介はため息をついた。
―カッコ悪っ!!!
善之介は我ながら思った。
無理矢理我が物にした恋人への愛情に自信をなくし、別の男に簡単に浮気して、見透かされ、振られるという…
そんなことは当たり前だろう!!!
「…最低だな」
善之介はふっと自嘲気味にため息混じりに笑った。
もっと強くなりたい。
もっと強く愛したい。
善之介は思った。
泣いたり、笑ったり
食事したり、風呂入ったり
セックスしたり、しなかったり
離れて寝たり、一緒に寝たり
罵りあったり、じゃれあったり
抱き合ったり、殴りあったり
嫉妬したり、浮気したり
許せなかったり、許されなかったり
孤独感に苛まれたり、独りになりたくなったり
沈黙したり、確かめ合ったり
好きになったり、嫌いになったり
愛し合ったり、憎み合ったり
世の中は、人は、そして自分ですら、いろんな矛盾に満ちている。
そんな幾つもの矛盾に満ちた夜を越えて、生きていられるだけの愛が必要なのだ。
急激に近づきすぎたのかもしれない。
愛し合って、憎しみ合って、傷つけ合って、ボロボロになって、自己嫌悪。
疲弊しきった気持ちと愛を、癒して育む必要がある。
火花のような情熱を火種に。
一瞬で燃え尽きる恋で終わらせるのか、
聖火のように脈々と燃え続ける炎にするのか。
善之介には選択し、動けるほどの気力はもはや残っていなかった。
知広を振り回しているのは悪いとは思っている。
しかしながら、愛すれば愛するほど、傷ついていく知広をこれ以上愛する、ある種図々しいほどの自信を失ってしまったのだった。