入学式。
例年に比べて遅咲きの桜が舞い散るなか、私が初めて見たのが、春野知広だった。
久々に見た桜の花の下、花に負けじとピンクに染まった彼の頬と唇が印象的だった。
「あ。」
ふいに吹いた春風に、知広くんの持っていた入学式の案内だか。
プリントがあおられ、私のところまで飛んできた。
私は、足元に落ちたそれを拾って彼に手渡した。
「ありがとう。
君も入学式出るの?よかったら一緒に行こうよ。講堂へ行けばいいんだよね?」
私より20センチだろうか?
背の低い彼は少し見上げてそう言った。
純粋で、まだ少年っぽさの残る彼の愛くるしくいたいけな外見が、好きだ。
彼は、初めから人なつっこかった。
彼の名前は春野知広。
自分が四国から上京してきたこと。
住んでるアパートがボロくて壁が薄いから、隣の住人の夜の営みの音が聞こえてくること。
これまで彼女ができたことがないから、大学デビューすることを目論んでいるということ。
「佐々木善之介っていうの?また古風な名前だね~」
彼には遠慮があまりなかった。
「よかったら友だちになってよ。
佐々木くんイケメンだから一緒にサークルとか入ったらかわいい女の子よってきそうだし!」
笑ったり、怒ったり
くるくる表情を変え、素直に感情を表す彼の話ぶりが好きだ。
入学式あとの手続きも終わり、私たちは、サークルの新歓コンパに通いつめた。
「なんだー!?!?!?善之介ばっかモテちゃってさー。」
ぶーたれる彼も好きだ。
中学生のときならば、独りモテると一斉にシカトされ、あらぬ噂が学校中にたてられたこともあったが、彼は一笑に伏すだけだった。
「なんじゃソリャ!?厨房すぎ!!!オレはもー大学生だしぃ~!モテるモテないのヒエラルキーぐらい受け入れられるぜ!」
人間は自分が本当にほしいものを手に入れられるようにはできていないんではないのだろうか?
そのうち彼は、同じゼミの小野さよ子という女が好きになったと言い出した。
長い髪を巻き髪にした、華奢な、実に女らしい女。
嫌な女だと私は直感した。
小野さよ子が入ってるから英会話サークルに入るのだと彼は言い出した。
誘われた私もそのサークルに入ることになったのだが、歓迎コンパのときに、さりげなく私のそばに座り、上目遣いでしなだれかかろうとしてきたものだから、トイレに立つ振りをして、あわてて逃げたといったようなことがあった。
知広くんは、なぜこんな女が好きなんだろう?
他の男に媚びを売るような女だぞ?しかも、オレは友だちだ!!!
人間は自分が本当にほしいものを手に入れられるようにはできていないんではないのだろうか?
だから、私は、女が嫌いなんだ。
女を愛してるという、知広。
しかも、その女のなかでも女を絵にかいたような小野さよ子を愛してるという、知広。
そんな彼を好きだ―愛してる、私。
私は彼を愛している。
人間は自分が本当にほしいものを手に入れられるようにはできていないんではないのだろうか?
どうして、私には本当にほしいものが手に入らないんだろう。