失恋キング

「や…あっ!!!」

壁に追い詰められながら、知広は無我夢中で腕を伸ばして抵抗した。
殴られた衝撃で、頭は朦朧とする。

「オレのものになれ!」

坂本が知広の両腕を掴み、壁に押し付け、唇にむしゃぶりつく。

「んっ…ふっ…!」

知広は頭を左右に振って坂本を振り払ったものの、反動で足元まで下げられたズボンに足をとられ、その場に倒れ込んだ。
坂本がすかさず上から知広を押さえつける。

「…やめ…て…」

知広は涙目で懇願した。

「…い…やだ…善之助…」

大粒の涙が知広の頬を伝う。

「泣きたいのは…!泣きたいのはオレの方だっつーの!!!」

泣き顔の知広に怯まず、坂本が見下ろしながら言い放つ。

「…どんだけ他人(ひと)の気持ちを振り回すんだよ!?」

坂本の手が知広の胸ぐらを掴む。

「お前を毎日泣かせるような男がそんなにタイプなら、オレも毎日泣かしてやんよ!」

坂本が掴んでいた手を投げ捨てるように離す。
知広は側頭部を床に叩きつけられうめき声を漏らした。

―悠希の悲しむ顔。
―善之助の蔑むような顔。
―坂本の怒りに満ちた顔。

誰 も 幸 せ に な ら な い…!

三つの顔が、走馬灯のように知広の頭のなかをグルグル駆け巡る。

準備運動でもしているのだろう。
遠くから運動部員の「1、2、3、4!」という爽やかな掛け声が聞こえてくる。

教室のなかでは、知広のすすり泣きと坂本の荒い息づかいが漏れる。

坂本が知広の両足を抱え、腰を進め、先端が入りかけたそのとき、教室の扉が開いた。
腰の前進を止め、坂本が扉の方を振り返る。

「…何…やってんの???」

坂本と目が合ったその男から驚きの声が漏れる。

坂本の手が緩んだこともある。
聞き覚えのある声に、知広も咄嗟に身を起こし、前をおさえて扉の方に向き直った。

「…は…春野…くん?」

「い…入来…」

知広は驚きで言葉を飲み込んだ。

それは入来昭仁だった。
昭仁は、知広と坂本の顔を交互に見た。

男二人であることが、昭仁はまったく飲み込めなかったが、なにか邪魔をしてしまったバツの悪さを昭仁は感じた。

「…ご、ごめん!」

なぜか謝り、その場を立ち去ろうとする入来のあとを、知広は急いで追いかけた。
もちろんパンツも履けていない。

「ま…待って!!!」

必死な知広の呼び掛けに、昭仁は歩を止め振り返った。
よく見ると知広の目からはボロボロと涙が溢れていた。
目は腫れ、顔は真っ赤だ。
着衣の乱れようから、和姦ではないのかもしれないと昭仁は直感的に悟った。

「パンツ履いてきなよ。待っててあげるから。」

知広は恥ずかしそうな、しなかしながらホッとしたような得も言われぬ複雑な表情を一瞬浮かべたあと、安心したのか急にしゃくりあげ、声をあげて泣き出した。

「…分かった!…分かったから!!!」

実際昭仁は自分で言いながら何が分かったのかよく分からなかったが知広に語りかけた。

「パンツ履いてきな。」

知広は泣きながら何度も頷き、パンツとズボンを履き始めた。

ホモの上にレイプとか!!!
昭仁は生理的な嫌悪感を露に、坂本を睨み付けた。

坂本は黙ってうつむいていた。
冷静になってみると自己嫌悪の念が坂本の心を蝕んだ。

愛する人を無理矢理我が物にしようとレイプしたこと。
ひどく泣かせてしまったこと。

二度と知広には顔向けできないような、申し訳ないことをしてしまったと強い自責の念に苛まれる。

知広への最上級の愛情を自負していた、キングがキングたる所以は脆くも瓦解し、坂本は今すぐ消え去りたいと思っていた。
坂本は知広への失恋をしたと同時に、誇り高い自分への愛情も失ったのだった。

 

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