春野知広と入来昭仁の話

大学敷地内の奥に、昭仁の住む学生寮はある。
相も変わらず靴が散らばる、雑然とした玄関を通り抜け、階段を昇る。
入来昭仁の部屋は2階にあった。

知広がこの部屋に来るのは、善之助の家から逃げてたとき以来二度目だ。

「…ありがとう。」

知広がポツリと口を開いた。

「…なんであの教室に来たの?」

「いやぁ…空き教室でレポートでも書こうかと思って。たまたま。」

沈黙が続く。
知広にどんなテンションで話しかけていいのか、昭仁は考えあぐてねいた。
長い沈黙に気を使ったからか知広が口を開く。

「…この前ここに来たとき、彼女とケンカして家飛び出して来たって言ったじゃん?」

知広の突然の告白に昭仁はポカンとした。

「あの話…実は違くて…オレ、善之助から逃げてきたんだ。…あのときも…その…セックスが嫌で。」

…セックス?
佐々木くんと春野くんが???

聞き間違いかと思い、昭仁は聞き直したかったが、知広の神妙な面持ちに言葉を飲み込んだ。
…と同時に、知広が小野さよ子にフラれた直後、カフェテリアで知広を抱き締めた善之助のことを思い出した。

「それって、佐々木くんと春野くんが付き合ってるってこと?」

「…付き合ってるっていうか…」

昭仁の問いに、知広は答えようとして黙り込んでしまった。

「…一方的に犯されてたって感じかなぁ?」

「それ犯罪じゃん?」

ゆっくりと言葉を選んで答える知広に対し、昭仁が食い気味に言葉を挟む。

「…でも!」

知広が声を強めた。

「…距離、置こうって言われて。」

知広が瞳をふせ、力無げに言葉を切った。
俯いて涙を堪えているようでもある。

―ちょっとよく分からない!!!

昭仁は思ったが、悲しげな知広に声をかけていいものか分からず黙っていた。
嫌々犯されていたのならば解放されてよかったのではないかと昭仁は思ったのだが、どうやらそうではないようだ。

しばらく俯いていた知広が目頭を拭って、悲しげに微笑んだ。

「…オレ、ヤり捨てされたのかな?」

ヤり捨てされたことが悔しかったのかと、昭仁は納得した。
悔しいかもしれないが、ただ現実的には、男なのに男に犯されるという現実から逃れられたのはよかったのではないか。

「いやぁ…」

昭仁は正直に答えた。

「ヤり捨てだったのかは分かんないけど、犯される続けるよりはいいんじゃないの?解放されて。」

感情に振り回されていて、余裕がなかったのかもしれない。
思いもよらなかった角度からの的確な正論に混乱し、知広は言葉がすぐには出せなかった。

不思議そうな顔をして、昭仁が知広を見つめる。

「そ…」

知広は一息ついて微笑んだ。

「…そうだね。」

「うん。」

「…そうかも!」

昭仁の意見に合わせる違和感を感じながら、知広は半ば自分を納得させるかのように相づちを打った。

無理矢理笑顔を作ってみせた途端、不意に涙が頬を伝う。

「あ…あれ?」

ポロポロと涙が止めどなく溢れ、どうにもこうにも止まらない。

「…あれ?…おかしいな。」

驚いた顔で見つめる昭仁に、知広は困ったように笑顔を作って話続けた。

「涙止まんないや。」

見かねて肩に手を置く昭仁の肩を借り、知広は泣いた。

 

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