善之介の家は四ッ谷番町にあった。
新宿通りを奥に入ったところの大きなマンションが立ち並ぶ、そのひとつが善之介の家だ。
親の所有するマンションのひとつなのだそうだ。
エレベーターで20階…最上階に昇る。
ドアを開けると廊下。
廊下だけで、オレのボロアパートの部屋ぐらいの大きさだったのではないだろうか。
オレは奥の部屋に通された。
善之介がカーテンを開ける。
外は快晴。
東京都心の町並みが広がっていた。
部屋は何十畳あるのだろうか。
もはやオレにはよく分からないだだっ広いリビングダイニング兼寝室、というべきなのか、スケールの違うワンルームになっている。
窓の手前の居心地のよさそうな場所にダブルベッド。
右手にダイニング。
奥にはソファーとテレビがあるようだった。
ダブルベッドの脇には、この部屋に不釣り合いなオレの写真が飾られていた。
―酔っぱらって男に抱かれ、真っ赤な顔してアへ顔さらしてるオレの写真。
動揺するから、オレはその写真を見ないようにしながら口を開いた。
「…写真のデータ、捨ててくれよ。」
「なんでぇ?かわいいのに。…コーヒーでいいよね?」
「どこがだよ!?!?!?
てか、男に抱かれてる趣味の悪い証拠写真なんか、消してくれよ。
脅すようなこと、やめてよ…ちゃんと着いてきたんだからさぁ」
「脅す?脅してなんかないよ。」
ギュイイイイイインと、善之介がコーヒー豆を引く音がする。
「なら、消してよ!善之介にそのつもりなくても、オレ、恥ずかしいよ!!!」
善之介は黙っている。
コーヒーの沸くコポコポッという音だけがする。
「消せよ!」
オレは善之介に詰め寄った。
「ケータイ貸して!消すから!!!ねぇ!!!!!」
「貸してもいいけど。」
ケータイを取り出す善之介。
オレはすかさずケータイを奪い取ろうとしたが、すかさず頭上にあげられては、オレの身長では届かない。
「お風呂、一緒に入ろ?」
瞬間気が遠くなる。
別にいいんじゃん、風呂ぐらい。
サークルの合宿のときだって入ってたじゃん、なんにもなかったじゃん。
なんにもないよ…
多分…きっと大丈夫。
「ぅ…いいよ、別に。」
絞り出したような自分の声に驚いた。
それに、もしなにかあっても、それはまた一瞬の出来事ですぐ過去に変わる。
一生残るデータを消す方が、オレには重要なことに違いない。
「いい子だねぇ、ともぴょんは。はい。」
オレは善之介の手からケータイをひったくり、速攻でデータを消し始めた。
なんでこんなことになってしまったんだろう。
…オレ、酔っ払ったオレ、脱いでるオレ、犯されてるオレ、精子まみれのオレ。
情けないオレのオンパレードに、涙が出てくる。
これは本当にオレなんだろうかとすら思えてくる。
持ち物は全部処分され、帰る家すらなく、肉体も物質も、そして、精神すら蹂躙され、犯されているような気持ちになってくる。
オレは泣きながら、大量の画像データを選んで消した。
「せっかくかわいいともぴょんいっぱい撮ったのにな~
ま、バックアップは取ってあるんだけどね。
はい、コーヒー入ったよ~」
顔を上げたオレの顔には、きっと絶望の色しか見えなかっただろう。