坂本は顔を隠すかのように頬杖をついて、再びため息をついた。
「…大丈夫?」
そっとしておいた方がいいのだろうか。
悠希は迷いながらも尋ねた。
坂本がギロリと、落としていた視線を悠希に向けた。
瞳は潤んでいて涙目だ。
悠希は黙って俯いた。
沈黙が流れる。
日差しは暖かかったが、風が出てきた。
ヒリヒリと頬を打つ風が冷たい。
「…そろそろ帰るぅ?」
空いたグラスのストローを弄びながら、坂本が気だるげに重い口を開いた。
「傘、ありがと。」
代官山駅に向かうまでの道すがら、坂本は手に持っていた傘を悠希に帰した。
「じゃ、オレ、こっちだから。」
坂本が寂しそうに微笑んで、駅の方向とは違う道を歩き始める。
「…う、うん。」
―どこ行くの?
悠希は思ったが、それを声に出すことができなかった。
聞いてもはぐらかされることは分かっている。
坂本から距離を置き、人混みに紛れ、悠希は後をつけることにした。
代官山から広尾を抜け、六本木通りへ。
坂本はふらふらら夕暮れの街を歩いた。
特に目的もなく、ただただ歩く。
泳ぐことを辞めたら死んでしまう魚のように、悠希の目には映っていた。
日はとっぷりと暮れ、闇に包まれていた。
街のネオンのなかを車のヘッドライトが流れていく。
坂本は大通り通りを曲がり、狭い路地へと入っていった。
「おいー!キングー!!!久しぶり~!!!!!」
ネオンに縁取られた狭い入り口の前にはタトゥーを入れ煙草をふかす若い男女が屯してる。
知り合いなのか、坂本は呼ばれたほうに手を振り、狭い入り口かは中へ入っていった。
あまりに場違いな雰囲気に一瞬怯むが、悠希も意を決して坂本の後を追う。
赤いライトに包まれた店内ではハウスが爆音が轟いていた。
ミラーボールに反射した青白い光が壁や床を水玉に照らす。
真っ赤に照らされた廊下を、居心地悪そうにおずおずと、悠希は進んだ。
露出の多い服装をした女たち。
ポマードで髪を塗り固め、ギラギラした髭面の男たちの間を縫って、悠希は坂本の姿を探す。
さらに奥に歩を進めると、暗くだだっ広い空間に出た。
赤、青、黄色。
色とりどりのライトがグルグルと狂ったように蠢いている。
鳴り響く電子音のなか、人がひしめき合って、思い思いに踊る。
躍り狂っている髪の長いスキニーパンツの女と、その横で話しかけようとぎこちなくリズムに乗ろうとしている男が見えた。
腰につけているウォレットチェーンにライトが反射してキラキラと輝く。
クラブに来るのは、悠希はこれが初めてだった。